医師から治療方針の説明が始まった。
言葉は丁寧で、声のトーンは穏やか。
けれど、その穏やかさが逆に冷たく感じる。
主人は、硬い表情のまま医師を見つめていた。
まるで怒っているようにも見えるその顔は、
実際には「がん」という現実をまだ受け入れられずにいる証だった。
隣で、医療秘書のような女性がパソコンに向かい、
パタパタと会話を入力していく。
その打鍵の音だけが、診察室の静寂を切り裂いていた。
「抗がん剤治療を開始していきます。
副作用については……」
医師の説明が続く。
けれど、主人の耳にはもう何も届いていないようだった。
何かを言いたそうに、何度も口が動く。
「本当にガンなのか?」
その言葉が喉まで出かかって、
けれど結局、飲み込まれた。
あっという間に説明が終わり、
次回の受診日と時間が淡々と告げられた。
そして、部屋を出ようとしたそのとき──
主人の口から、抑えきれない声が漏れた。
「なぜ、僕がガンに? 原因は……?」
空気が一瞬、止まった。
主治医は表情ひとつ変えずに答える。
「これはどんな行いが悪かったとか、原因を探すことはできません。
ただ、見つかった以上は次に何をすべきか、考えていきましょう。」
その言葉を聞いた瞬間、主人の顔がさらに強張った。
彼は、原因を突き止めなければ気が済まない人。
白黒つけないと前に進めない性格。
「わかったところでどうしようもない。
治療ができるなら、まずやろうよ」
そう声をかけたかったけれど、飲み込んだ。
主人の表情は険しく、
まるで自分の中に怒りを閉じ込めているようで、
隣にいる私まで息が詰まりそうだった。


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